【拳を出そう】2026年9月12日号

2026/09/12

アニ研 拳を出そう 北大

『魔女の宅急便』を見ました

初めまして。北大アニ研HAL2年目の浅見というものです。去年をぼーっと過ごしていたら、今年になり気づいた時にはやらなくてはいけないことが急激に増え、「なんで俺がぁ、、、」と思いながら、てんやわんやな生活を送っています。

さて、この度はアニ研のブログを書く”羽目”になりまして、いろいろ考えた結果、この間見た映画の感想でも書かせていただこうかなと思います。この間見た映画というのは、7月アタマにリバイバル上映されていた『魔女の宅急便』です。(もちろん私はアニ研会員ですので、その後の日程でも映画を見たのですが、文章を綴れるほどの技量もなく、仕方なく気持ちの悪い文章の書ける『魔女宅』の感想を綴らせていただきます)興味がないかもしれませんが、お付き合いいただけましたら幸いです。

まず、私は魔女宅が大好きです。LINEの背景画はキキに「私、助けてなんて言ってません!」って言われた後にニンマリ笑う初登場のトンボですし、実家にDVDも原作もあります。LINEの背景画にもしていると言いましたがここから分かる通り、私はトンボが大好きなのです。

トンボは街中では友達といるところしか見ません。友達が多いことがうかがえます。きっとノリのいい奴なのでしょう。よく知りもしないキキのことをパーティーに誘い、待ち合わせで長いこと待っています。普通ならそんなことできません。少しノンデリかもしれませんが、人がよすぎます。きっとそういうノンデリな面も含めて、一切の偏見を持たずに興味をぶつけていくその愚直さが友達の多い理由なんでしょうね。

キキがおそのさんに騙されてトンボのところに荷物を届けに行ったあと、2人でトンボたちが作った人力飛行機の機関部に乗ります。ありきたりかもしれませんが、自転車に2人で乗るというのはとてもいいですよね。私、大好きです。空に魅了された少年トンボと、そのひたむきな姿に心を惹かれる少女キキ。あぁ、理想的な男女の関係性です。何かに一生懸命な少年はやはり美しい。

その後、原っぱで2人で話しているときに、トンボが男女グループに話しかけられ、キキは機嫌を損ねます。きっとこれは話しかけてきた男女グループに「わたしこのニシンのパイ嫌いなのよね」と言った女の子がいたことと、仲良くなったトンボですら華やかな服を身にまとった人たちの輪に属しているという疎外感からでしょう。でもほんとにそれだけでしょうか。嫉妬があったんじゃないでしょうか。いや、わからないですよ、ホントのところは。私はキキじゃないのでそんなこと知りえません。でも、私はトンボが他の女の子と仲よさげに話してるのを見て嫉妬したんじゃないかなって少し思ってしまうんです。それで嫉妬して帰ってしまうキキに「なんで怒ってるの」と聞くと、キキは「怒ってないわ」と答えます。これはまるで痴話げんかするカップルではありませんか。あぁ、私はトンボに説教をしたい。「きみは決してキキを悲しませちゃいけないんだよ」と。「怒ってる女の子に『怒ってる?』と聞いて『怒ってる』と答えるわけないだろ」と。

そして私がトンボを好きになった決定的なシーンがあります。飛行船から落ちそうなときにデッキブラシに乗ってきたキキに助けを求めるシーンです。トンボはそのときに「ありがとう」も「ごめん」も「情けない」ともなんとも言わずにただ「キキ!」と言うだけなのです。そしてキキはそれに応えるかのように「トンボ!」とだけ言います。私はトンボに憧れるのです。それはキキが「トンボ!」と応えたからではありません。トンボはキキに完全な信頼を置いています。キキならきっと助けてくれると、キキにならこのくらいの迷惑をかけてもかまわないと、そう心の底から信じられているのです。私はこのシーンを見て歌人、穂村弘のエッセイのある一節を思い出しました。曰く、「相手が心から私のことを「好き」で、セックスしたり唾や精液を飲んでもいいと思っていることが確信できれば、現実には指一本触れなくても満足できる。」もちろん彼らはそういった年齢ではありません。ただ。ただ。お互いの名前を呼びあったあの数十秒間には、触れ合わずとも言葉を交わさずとも繋がっていられた、2人だけの特別な絆があったんじゃないかなと思うんです。それはトンボがそれだけ無垢にキキという他人を信頼できているからです。だから私はトンボに憧れているのです。そしてこのシーンを通して私は決定的にトンボのことが好きになりました。

トンボの悪友になりたい。トンボが幼馴染みのお兄ちゃんであってほしい。トンボの人力飛行機の制作仲間になりたい。トンボのお父さんになりたい。トンボの学校の先生になりたい。トンボの彼女のお兄ちゃんになりたい。私はトンボが大好きです。

私の稚拙な文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか。私はこれからも北大のサークル会館305号室で細々と活動してまいりますので、もしよかったら頭の片隅にでも入れて、時たま思い出して、北大アニ研HALのYouTubeやTwitter、ブログなどをご覧いただけましたら幸いです。では、またいつかどこかで。

(執筆者:浅見)

『創作ってなんだ』
〜今季アニメから創作の在り方について考え出したら止まらなくなったお話。〜

真夏の熱さはどこへやら、すっかり秋の冷えを感じる季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。 初めまして、アニ研でお絵描き要員をさせて頂いております見習いアシカと申します。

突然ですが皆さん、追っていますか今期アニメ。 私はリアタイすることができず、夏休み後半に突入してから一気に消化しております。 天幕のジャードゥーガル、ユーレカエヴリカ等々…作画、演出で殴ってくるような神アニメが盛り沢山な上に ついに上映!!「魔法少女まどか⭐︎マギカ ワルプルギスの廻天』。おめでとう!! 初夏から初秋にかけて非常に大豊作、天晴れ天晴れ。その上秋には「響けユーフォニアム 最終楽章 後篇」「メイドインアビス 目覚める神秘」「ガールズアンドパンツァー 最終章 第5話」 劇場公開されます。作品を追い続けてきた一オタクとして大変感無量です。これからのアニメがますます楽しみになりますね。

さて、今季アニメの話に戻ります。 皆さん「これ描いて死ね」という作品をご存知でしょうか。

以下あらすじです↓(Wikipediaより引用)

 東京から120キロメートル南方の離島、伊豆王島。王島南高校1年生の安海相は、漫画『ロボ太とポコ太』を愛読し、漫画に登場する「ポコ太」をイマジナリーフレンドとして日々を送っている。ある日、『ロボ太とポコ太』の作者である漫画家「☆野0」が、コミティアで10年ぶりに新作を頒布すると知り、東京本土へ向かう。安海は多くの同人作家を目にし、「漫画は読むだけではなく自分でも描ける」と知る。そして憧れの☆野0が、自身が通う学校の教員である手島零と同一人物だと知る。安海は、日頃から「漫画は嘘」「漫画は無駄」と厳しく指導する手島が☆野だという事実に衝撃を受けつつも、手島に漫画を教わることを懇願する。友人の赤福幸はそれを知って漫研設立を発案、美術部員の藤森心も仲間に加わる。手島は漫画を否定的に語っていたものの、安海の情熱にほだされて顧問を引き受け、漫研が設立される。一同は、安海が常連である「寺村貸本店」の一室を部室として、手島の指導のもと、漫画制作への挑戦を開始する 。

 今月に入って初めて見てみたのですが、漫画への熱意とみんなで協力して漫画を描き上げていく様がめちゃくちゃ創作魂にぶっささりました…!アニメをみて、安海さんや藤森さん、赤福の様子をみて、そして何より手島先生の過去と今をみて、改めて自分の創作への向き合い方を問い直すいいきっかけになりました。今思えば私も小学校の頃は大変な漫画ッ子だったし(今もそうだし)、多分ポコ太みたいな存在もいました。(999の星野鉄郎とかキャンディ・キャンディのキャンディとか)  見る人からうまく見られたい、多くの人に見てほしいという願望はもちろん抱えつつ、漫画づくりを純粋に楽しむ様子は、見ていてこちらも楽しくなるしやる気も湧きます。ファンを不特定多数の集団ではなく個人個人として大事にしている点も彼女らの謙虚さ・まっすぐさがうかがえてとても好感が持てます。 私は絵を描いているとどうしても「他人からすごいと思われたい」という気持ちが先行しがちになってしまうのですが、何よりも長く創作を続けるには「楽しむ力」「情熱を忘れない力」が大事だなあとしみじみと思い知らされました。

「これ描いて死ね」本当に見て良かった…!!

 また、創作へ向き合うアニメは他にもあります。それが「ワールドイズダンシング」。 時は室町時代、主人公はかの能役者、世阿弥こと鬼夜叉。彼は若干10歳くらいと年少ながら、天下の足利義光のもとで舞台に立っています。ある日、猿楽出身の鬼夜叉と田楽を生業とする面子で諍いがおこり、舞台で勝負することに。「獅子舞」を演目に、田楽チームは伝統的な獅子舞を、一方鬼夜叉は猫をモデルにした奇抜で前衛的な獅子舞を演じます。 貴族たちによる審査の結果、軍配は田楽のチームへ上がりました。勝敗が決まった直後、呆然とする鬼夜叉に田楽のエース、増次郎は怒りをにじませこう告げます。

「君は誰に見せるつもりで舞った?僕は客に向けて獅子を舞ったが君は誰に見せるかなんて考えもせず、自分に向けて獅子を舞った。」

自分の好きなようにやるのが大事だよね!という「これ描いて死ね」のスタンスとは見事に正反対です。 増次郎は芸人であるという己の立場をわきまえたうえで観客がほしいものを理解し、長い伝統を持つ芸を披露した。 鬼夜叉は、田楽に勝つという目的をあくまでも主観的にとらえ、観客の存在について全く考えずに己の感性だけで創作をした。しかもそれが良いものであると信じて疑わなかった。「仕事としての芸事に対する責任・観客の期待に答えること」と「創作を楽しむこと」は相容れないものなのかと視聴者に問いかける回でした。 私自身視聴して以降いまだに悶々と考え続けています。その辺の折り合いって難しいですね。

以上、今季アニメから得られた考えを長々と述べて参りました。 創作とは、生み手の立場によってここまで多様に変化するのですね。 当たり前とされている生き方、価値観は時世によりけりですし、生活を懸けるか、趣味として継続させるかによって、作品を見る「他者」という存在の介入の違いは生々しく浮かび上がります。 今季のアニメだけでまさかここまではっきりと対比できるなんて驚きです。 これからも沢山の作品に触れてそれぞれ違った哲学を楽しみたいです。 長文駄文失礼いたしました。それではまた。

(執筆者:見習いアシカ)

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